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神戸地方裁判所 平成3年(ワ)1087号 判決

原告

吉田朗

ほか三名

被告

南昭彦

主文

一  被告は、原告らに対し、原告吉田朗につき金六二七万三二五九円、原告中垣祥子、同吉田純子につき各金三〇八万〇〇三二円、原告坂野しげのにつき金五七万円及び同各金員に対する平成元年九月七日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告らの、その一を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

以下、「原告吉田朗、同中垣祥子、同吉田純子、同坂野しげの」を「原告朗、同祥子、同純子、同しげの」と、各略称する。

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告朗に対し金二五一二万〇二二七円、同祥子に対して金一二一九万二四三三円、同純子に対して金一二一九万二四三三円、同しげのに対して金二二〇万円及び同各金員に対する平成元年九月七日から支払ずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  本件事故の発生

次の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(1) 日時 平成元年九月七日午後四時三〇分ころ

(2) 場所 兵庫県津名郡東浦町浦八八二番地先交差点(以下「本件交差点」という。)

(3) 被告車 被告所有・運転の普通乗用自動車

(4) 原告車 訴外吉田七生運転の軽四輪乗用自動車

(5) 態様 被告車が本件交差点を進行中、同車両の前方を進行していた原告車の左後部と衝突した。

(二)  本件事故の被害状況

訴外吉田七生は、本件事故により脳内出血の傷害を受け、平成元年九月一六日、死亡した。(以下、訴外吉田七生を亡七生という。)

2  責任原因

被告は、本件事故当時、被告車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条に基づき、亡七生及び原告らが本件事故により被つた後記損害の賠償責任を負う。

3  身分関係

原告朗は亡七生の夫、原告祥子は亡七生の長女、原告純子は亡七生の次女であるところ、同人らは、亡七生の本件死亡により同人の本件損害賠償請求権につき、原告朗において、その二分の一、同祥子・同純子において、その各四分の一の割合を相続した。

原告しげのは、亡七生の実母である。

4  原告らの本件損害

(一) 亡七生関係

(1) 本件死亡による逸失利益 金二二七六万九七三四円

(イ) 亡七生は、本件事故当時満五〇歳の女性であつたから、同人の就労可能年数は、五〇歳から六七歳までの一七年間、生活費控除率は、三〇パーセントと認めるのが相当である。

しかして、同人の本件逸失利益算定の基礎収入は、昭和六三年度賃金センサスによる年収金二六九万三四〇〇円と認めるのが相当である。

(ロ) そこで、右各事実を資料として、同人の本件死亡による逸失利益の現価額をホフマン式計算方法にしたがい中間利息を控除して算定すると、金二二七六万九七三四円となる(ホフマン係数は、一二・〇七七)。

269万3400円×(1-0.3)×12.077=2276万9734円

(2) 慰謝料 金一〇〇〇万円

亡七生の本件死亡による慰謝料は、金一〇〇〇万円が相当である。

(二) 原告ら関係

(1) 原告朗分

(a) 葬儀費用 金一五〇万円

(b) 治療費 金二三万五三六〇円

亡七生の本件事故当日から死亡日までの兵庫県立淡路病院における治療費である。

(c) 慰謝料 金五〇〇万円

(2) その余の原告ら分

慰謝料 合計金八〇〇万円

右原告らと亡七生との身分関係は前記のとおりであるところ、同人らの本件慰謝料は、原告祥子分、同純子分各三〇〇万円、同しげの分金二〇〇万円、合計金八〇〇万円と認めるのが相当である。

(3) 弁護士費用 金四二〇万円

原告朗分金二〇〇万円、原告祥子、同純子分各金一〇〇万円、原告しげの分金二〇万円

(三) 損害合計

原告らの本件損害額は、原告朗分金二五一二万〇二二七円、原告祥子、同純子分各金一二一九万二四三三円、原告しげの分金二二〇万円となる。

5  よつて、原告らは、自賠法三条に基づき、被告に対し、本件損害として、原告朗につき金二五一二万〇二二七円、原告祥子、同純子につき各金一二一九万二四三三円、原告しげのにつき金二二〇万円及び同各金員に対する本件事故発生日である平成元年九月七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1(一)(本件事故の発生)の各事実は認める。同(二)の事実中亡七生が脳内出血で本件事故日後の平成元年九月一六日死亡したことは認めるが、その余の主張事実は否認する。

亡七生は本件事故とは関係のない病的脳内出血で死亡したものであつて、同死亡と同事故との間に因果関係はない。

2  請求原因2(責任原因)の事実は認める。

3  請求原因3(身分関係)の事実は全て知らない。

4  請求原因4(原告らの本件損害)の事実は全て知らない。

仮に、亡七生に本件死亡による逸失利益の存在が認められるとしても、同逸失利益の生活費控除率は四〇パーセントとすべきである。

三  被告の抗弁

1  過失相殺

本件事故現場は、南北道路と東北東から西南西に通ずる東西道路とがやや斜めに交差する、信号機のない変形交差点の、南北道路の西側車道上であるが、亡七生は原告車を運転し、西進して本件交差点に至たり右折し南北道路に進入しようとしたところ、一旦停止の標示にしたがつて停止し左方の安全を確認する注意義務があるのに、停止線付近で一旦停止したものの左方の安全を確認しないまま漫然と同車両を発進させて交差点に進入し、同車両側部を被告車右前部に衝突させたものである。

したがつて、本件事故の発生には、亡七生の右過失も寄与している。

よつて、亡七生の右過失は、同人の本件損害額の算定に当たり斟酌すべきである。

2  亡七生の本件死亡に対する既往症の寄与

亡七生にはもともと高血圧症という既往症が存し、同既往症に基づく脳内出血が本件事故により誘発されたとしても、同事故が同人の本件死亡へ寄与した程度は、一〇パーセントにすぎない。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁1の主張事実のうち、本件事故現場が本件交差点の南北道路車道の西側車線上であること、亡七生が本件事故直前原告車を運転し、西進して同交差点に至たり右折し南北道路に進入しようとしていたことは認めるが、その余の主張事実は否認し、その主張は争う。

被告は、本件事故直前亡七生の運転する原告車が存在していることを認識しながら、これになんらの注意を払うことなく減速もしていない。又、被告車の同事故当時の速度もスリツプ痕から時速六〇キロメートル以上出ており、制限速度違反は明らかである。

又、本件衝突の態様からすると、それは被告車が原告車に追突した形態に近い。

よつて、亡七生に本件事故発生に対する過失があつたとしても、それは極めて小さいものである。

2  抗弁2の主張事実のうち、亡七生が本件事故当時高血圧であつたことは認めるが、その余の主張事実は争う。

亡七生の高血圧症は極めて軽いもので、通常の生活をしていたのであり、損害の減額要素とすることは公平に反する。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一1  請求原因1(一)(本件事故の発生)の各事実は、いずれも当事者間で争いはない。

2(一)  亡七生が脳内出血で本件事故日後の平成元年九月一六日死亡したことは、当事者間に争いがない。

(二)  被告において、亡七生の右脳内出血の発症及びその死亡と本件事故との間の相当因果関係の存在を争つている。

よつて、以下、右争点について判断する。

(1) 成立に争いのない甲第一、第四、第六、第七号証、第九号証、乙第二ないし第四号証、第六、第七号証、原本の存在及び成立に争いのない甲第八号証の一ないし四六、撮影対象、撮影年月日、撮影者に争いのない検甲第一ないし第六号証、証人植田幸代、同桑原圭一の各証言、原告朗本人尋問の結果、被告本人尋問の結果の一部、鑑定人松田昌之の鑑定結果(以下、本件鑑定の結果という。)及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

(イ) 亡七生(昭和一四年四月二七日生。本件事故当時五〇歳。)は、淡路北ロータリークラブ事務所において事務員として、一週間のうち月、水、金曜日は朝から午後五時まで、その他の曜日は午後三時まで勤務していた。

(ロ) 亡七生は、本件事故当日の平成元年九月七日、夫である原告朗と自宅で昼食をとり、午後一時ころ買物に行くと自宅を出たが、買物の帰途の同日午後三時前ころ、亡七生の姉である訴外植田幸代(以下「植田」という。)の勤務する浦漁業協同組合事務所を訪れた。亡七生は、同事務所内で、植田や同事務所職員らと話していたが、午後四時三〇分頃、帰宅するため同事務所を出、同所から約三〇〇メートル離れた場所にある本件事故現場にさしかかり、本件事故に遭遇した。

(ハ) 亡七生は、本件事故後、同事故現場において、原告車から降り、事故当事者である被告とその同行者らも被告車から降りた。亡七生は、被告とその他数人と事故の原因などの話をしていた。一方、植田は、同日午後五時一〇分前ころ、前記漁業協同組合事務所にやつて来た同人の夫から、亡七生が男性多数に囲まれてやられているから行つてやれと告げられた。

植田は、これを聞き慌てて本件事故現場に赴いたところ、亡七生が同事故現場において男性四名位と話をしていた。

亡七生は、植田を認めると、「相手車がえらい速度で来たので、あのブレーキ跡を見て。」といつていたが、亡七生は、その際、言い争いをした後の様子で、顔面を赤くして興奮していた。同人と植田が話をしている間も被告の一行中の数名が、本件事故原因に関して亡七生を攻撃する言辞を投げかけて来た。

そのうち、亡七生が頭痛を訴え、道端にうずくまつてしまつたので、植田が、同人の代りに被告らと話合つていた。

警察官が、その約一〇分後、右事故現場に到着し、同警察官の要請に応じ、亡七生は、立ち上がつて、関係書面に自己の名前を署名した。

(ニ) 植田が被告と話合つた結果、被告が亡七生に車両修理費として金三万円を出し、不足の場合は送金すると約し、名刺を置いて帰途に就いた。

亡七生は、被告らが帰つた後、自力で動けなくなり、そのため、植田とその場に通りかかつた原告祥子が亡七生を抱きかかえ、車の助手席に乗せた。

しかし、亡七生がその後口から泡を吹いてものをいわなくなつたため、植田は、同日午後五時一八分ころ、前記漁業協同組合事務所から電話で救急車を呼び、亡七生は、同救急車により同日午後五時五〇分ころ、兵庫県立淡路病院(以下「淡路病院」という。)の救急室に運ばれた。亡七生は、その間、意識がなく、口から泡を吹き、同救急車中で嘔吐していた。

(ホ) 亡七生は、同日午後六時一五分ころ、淡路病院に運ばれたところ、同人の当時の症状は、半昏睡、対光反射がなく、瞳孔は中程度に拡張しており、自発呼吸はあつたものの除脳姿勢をとり、CT所見によれば、頭蓋内右基底核部から広がつた大きな出血があり、少量のシルヴイウス裂のクモ膜下出血が存在していた。

その後、同病院所属医師桑原圭一の執刀のもと亡七生に対する開頭手術がなされ、その手術の所見としては、右側側頭頭頂部に脳実質内出血、脳右側クモ膜下出血及び硬膜下出血が認められ、右側側頭、前頭、頭頂の手術をした範囲における頭皮あるいは帽状腱膜下腔には決定的な病理所見はなかつた。

亡七生は、右手術後も深い昏睡状態を続け、同年九月一六日午前六時五七分に死亡したが、その死亡原因は頭蓋内出血による脳幹機能障害であつた。

(ヘ) 医師溝井泰彦は、同日午後二時一五分から、神戸大学医学部法医学教室剖検室において兵庫県岩屋警察署長司法警察員警視福島勲の嘱託に基づき、鑑定のため、亡七生に対する司法解剖を行つた。

右医師は、右解剖による所見として、亡七生の直接死因を病的脳出血と推定したうえで、全身に著しい外傷はなく、脳挫傷は認められず、頸部筋肉内にも出血が存在しないので、頭部及び頸部へ強い外力が加わつた形跡はないといえる、かつ、出血源と推測される基底核部分は病的な脳出血が最も起り易い部位である故、本件脳出血は病的な出血である疑いが強い、即ち、外傷と脳内出血との直接的因果関係の存在は証明し難い、ただし、外傷が軽微であつても、それによる興奮が脳内出血の発症を助長することはあり得る旨を表明している。

(ト) ところで、亡七生は、本件事故以前に、献血に際して高血圧を指摘されたため、昭和五八年三月七日、岡田医院(兵庫県津名郡淡路町岩屋所在)で受診し、高血圧症の診断を受け、本件事故前の平成元年九月四日に至るまで通院した。

右医院における治療としては、降圧剤の投薬のみであつたが、亡七生は、一、二か月に一回ほどしか通院せず、しかも、降圧剤を服用していない場合がしばしばあり、又通院しても血圧の測定もせず、容態告知のみで投薬を求めることがあつた。

亡七生の血圧値については、初診時最高値二〇〇、最低値一一〇で、治療期間中高いときには、最高値二一〇、最低値一二〇、低いときは最高値一四〇、最低値九〇であつた。

そして、亡七生が右医院で最終血圧検査を受けたのは平成元年六月二八日であつたところ、同人の同日における血圧値は、最高値一六〇、最低値九〇であつた。

同人は、同年九月四日、右医院において前記投薬を受けたが、血圧検査を受けなかつた。

(チ) 脳内出血と高血圧症との間に有意の相関関係が存在することは、医学上肯認されているところ、亡七生が本件事故当時高血圧症に罹患していたことは、前記認定のとおりである。

しかして、本件において、他に危険因子の存在が明らかでない場合には、亡七生の本件脳内出血は、臨床医学的に高血圧性脳内出血と診断されるべき疾患である。

このことは、淡路病院における前記CT検査結果とも符合するものである。

人の血圧は常に一定でなく、身体状況、精神状態により変動することは医学上周知の事実である。

高血圧症罹患者である亡七生が本件事故に遭遇したことにより精神的緊張を高かめ、血圧を更に上昇させ、高血圧症によりぜい弱になつていた脳血管を破裂させ脳内出血の誘因になつた可能性は否定できない。

(2) 右認定に反する被告本人尋問の結果部分は、前掲各証拠と対比してにわかに信用することができず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(三)  右認定各事実を総合すると、亡七生の本件脳内出血は本件事故直後に発現したものと認められるところ、確かに同脳内出血が同事故による受傷として発現したものと認め得ない。

しかしながら、前記認定にかかる亡七生の本件事故前における生活状況、同事故後の言動、淡路病院における診断内容、医師溝井泰彦の本件解剖所見、本件鑑定結果による医学的見地等を総合すると、亡七生に本件事故当時既往症としての高血圧症が存在し、それが同人の本件脳内出血及び死亡に寄与しているとしても、これを超えなお、同人の同脳内出血及び死亡と本件事故との間に相当因果関係の存在を肯認するのが相当である。

ただし、亡七生の右高血圧症の存在と同人の本件損害との関係については、後記認定説示のとおりである。

二  請求原因2(被告の本件責任原因)については、当事者間に争いがない。

よつて、被告には、自賠法三条により、亡七生及び原告らが本件事故により被つた本件損害を賠償する責任がある。

三  原告らの本件損害

1  亡七生関係

(一)  本件死亡による逸失利益 金二二七六万九七三四円

(1) 亡七生が本件事故当時、五〇歳の女性で淡路北ロータリークラブ事務所に勤務しており、高血圧症であつたものの、その職務を全うしていたことは、前記認定のとおりである。

(2) 右認定事実を総合すると、

(イ) 亡七生に本件死亡による逸失利益の存在を肯認するのが相当であるところ、その算定の基礎収入は、原告らの主張にしたがい昭和六三年度賃金センサス(平成元年版)第一巻第一表産業計・企業規模計・学歴計・女子労働者五〇歳~五四歳の平均賃金年額によるのが相当であり、その金額は、年額金二六九万三四〇〇円である。

(ロ) 同人の就労可能年数は、一七年と、同人の生活費控除率は、三〇パーセントと認めるのが相当である。

(3) 右認定各事実を基礎として、亡七生の本件死亡による逸失利益の現価額を、ホフマン式計算方法にしたがい中間利息を控除して算定すると、金二二七六万九七三四円となる(新ホフマン係数は、一二・〇七七。円未満四捨五入)。

269万3400円×(1-0.3)×12.077≒2276万9734円

(二)  慰謝料 金八〇〇万円

本件事故の態様、入院期間、亡七生の年齢等諸般の事情を考慮すると、亡七生の本件死亡による慰謝料は、金八〇〇万円と認めるのが相当である。

(三)  亡七生の本件損害の合計額 金三〇七六万九七三四円

2  原告ら関係

(一)  原告朗分

(1) 葬儀費用 金一二〇万円

原告朗本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告朗は、亡七生の夫として亡七生の葬儀を営み、その費用を支出したことが認められるところ、本件事故と相当因果関係に立つ損害(以下、本件損害という。)としての葬儀費用は、金一二〇万円と認めるのが相当である。

(2) 亡七生の治療費 金二三万五三六〇円

亡七生が本件事故後淡路病院へ救急搬入され死亡する平成元年九月一六日まで同病院で治療を受けたことは前記認定のとおりであるところ、成立に争いのない甲第五号証の一、原告朗の本人尋問の結果によれば、原告朗は、淡路病院における同治療費として金二三万五三六〇円を支出したことが認められる。

よつて、右治療費金二三万五三六〇円も、本件損害と認める。

(3) 慰謝料 金五〇〇万円

原告朗と亡七生の身分関係は、前記認定のとおりであるところ、原告朗の亡七生死亡による本件慰謝料は、金五〇〇万円と認めるのが相当である。

(4) 原告朗の本件損害の合計額 金六四三万五三六〇円

(二)  その余の原告ら分

慰謝料 合計金八〇〇万円

原告朗を除くその余の原告らと亡七生との身分関係は、前記認定のとおりである。

そこで、原告朗を除くその余の原告らの亡七生死亡による本件慰謝料は、原告祥子、同純子分各金三〇〇万円、同しげの分金二〇〇万円と認めるのが相当である。

3  相続

原告朗、同祥子、同純子と亡七生との身分関係は前記認定のとおりであるから、同人らは、亡七生の被告に対する前記認定の本件損害賠償請求権金三〇七六万九七三四円を法定相続分の割合にしたがつて相続した。

しかして、原告ら各自の右相続金額は次のとおりである。

原告朗分 金一五三八万四八六七円

原告祥子、同純子分 各金七六九万二四三三円

(ただし、円未満切り捨て)

4  原告らの本件損害合計額

(一)  原告朗分 金二一八二万〇二二七円

(二)  原告中垣・同純子分 各金一〇六九万二四三三円

(三)  原告しげの分 金二〇〇万円

四  抗弁

1  過失相殺

(一)  本件事故の発生、同事故現場が本件交差点の南北道路車道の西側車線上であること、亡七生が同事故直前原告車を運転し西進して同交差点に至り右折して南北道路に進入しようとしていたことは、当事者間に争いがない。

(二)  成立に争いのない乙第一号証、撮影対象については争いがなく、被告本人尋問の結果により平成元年九月八日ころトヨタカローラ大阪株式会社従業員が撮影した写真と認められる検乙第一ないし五号証、証人植田幸代の証言、被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の各事実が認められ、同認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 本件交差点は、南北道路と東北東方面から西南西方面に通ずる東西道路とがやや斜めに交差する、信号機のない変形交差点であるところ、同南北道路(車道はセンターラインによつて二車線に区分され、西側車線の幅員三・三メートル、東側車線の幅員三・二メートル。同車道の東西には、西側〇・五メートル、東側〇・六メートルの外側線が存し、さらにその東西には、西側三・二メートル、東側二・八メートルの歩道が存在する。)には、追い越しのための右側部分はみ出し禁止のセンターラインがひかれている。

右東西道路(車道歩道の区別なく、センターラインもなく、車道幅員五・〇メートル、同交差点東側入口の幅員八・六五メートル。)の本件交差点東側入口には、一時停止の標識が存在している。

右南北道路、東西道路とも平坦な、直線状アスファルト舗装路であり、いずれの道路とも、周囲の見通しは良好である。本件交差点付近の制限速度は、時速五〇キロメートルである。

なお、本件事故当時の天候は晴、路面は乾燥していた。

(2) 亡七生は、本件事故直前、原告車を運転して前記東西道路を西進し、本件交差点東側入口の前記一時停止の標識付近において一時停止をした後、前記南北道路を右折北進すべく本件交差点内に進入した。

(3) 被告は、本件事故直前、被告車を運転し、前記南北道路を時速約六〇キロメートルで北進していたが、被告車には、助手席に旅行社の添乗員、そのほか男女各一人が同乗し、同行するバス一台普通乗用自動車二台の先頭を走行していた。

そして、被告は、本件交差点から約七〇メートル南方にある交差点南側入口付近で、原告車が前記一時停止の標識を跨いで停止しているのを認めたが、原告車が左右のどちら方向に曲がるのか認識できなかつたし対向車もあつたので原告車はその通過待ちをしているものと判断して、自車をそのままの速度で進行させた。

ところが、被告は、被告車が本件交差点南側入口の南方約五メートルの地点付近に至つた時初めて、原告車が本件交差点東側入口付近から右折して、被告車が走行中の前記南北道路西側車線に進入してくるのを認めた。

被告は、原告車の右進入状況を見て驚き、危険を感じたため、被告車に急ブレーキをかけ、ハンドルを左に切つたが、間に合わず、前記南北道路車道の西側車線上で右交差点北西角から北東へ向けて約一二・七メートルの地点付近において、原告車左後部の車輪付近に、被告車の右前部が衝突し、本件事故が発生した。

なお、関係車両の破損状況は、原告車の右後部車輪付近の凹損、被告車の右前部角の凹損である。

(三)(1)  右認定各事実を総合すると、被告には、制限速度遵守義務違反、前方注視、安全確認義務違反の過失が存在し、それにより、本件事故が発生したといわざるを得ない。又、原告車と被告車との本件衝突の態様、衝突場所からすれば、原告車は本件事故時既に右折完了に近い状態にあつたと認め得る。

しかしながら、亡七生についても、同人は、本件事故直前、前記一時停止の標識付近で原告車を一時停止させたものの、自車左方の安全を十分確認せず、本件交差点内に進入し右折した過失が存在し、それが同事故の発生に寄与したと推認するのが相当である。

したがつて、亡七生の右過失は、同人の本件損害額の算定に当たり斟酌するのが相当である。

(2)  そして、右認定説示にかかる本件一連の事実関係に基づくと、右斟酌する亡七生の右過失の割合は、全体に対し三五パーセントと認めるのが相当である。

(3)  しかして、原告らと亡七生との身分関係は、前記認定のとおりである故、亡七生の右過失は、いわゆる被害者側の過失として、原告らの本件損害の算定に当たつても、これを斟酌するのが相当である。

(四)  そこで、原告らの前記認定にかかる本件損害額を、右説示の過失割合でいわゆる過失相殺すると、その後に同人らが被告に請求し得る同損害額は、次のとおりとなる(円未満四捨五入。)。

(1) 原告朗分 金一四一八万三一四八円

(2) 原告祥子・同純子分 各金六九五万〇〇八一円

(3) 原告しげの分 金一三〇万円

2  既往症の寄与

(一)  亡七生に本件事故当時高血圧症の既往症が存在し、同人の本件事故による死亡については同高血圧症が寄与していることは、前記認定説示のとおりである。

(二)(1)  ところで、交通事故以前から被害者に存在していた疾患が同人の同事故による損害の発生、拡大に寄与したものと認められる場合には、損害の公平な分担との観点から、民法七二二条二項を類推適用して、被害者の当該疾患を被害者における損害額の減額事由として斟酌し得ると解するのが相当である(最高裁第一小法廷平成四年六月二五日判決・民集四六巻四号四〇〇頁参照)。

(2)  前記認定の事実関係からすれば、亡七生の右既往症の存在も、右説示にしたがい同人の本件損害額の算定に当たり斟酌するのが相当である。

又、原告らと亡七生との身分関係は前記認定のとおりであるから、本件損害の公平な分担との観点からすれば、亡七生の右事情は被害者側の事情として、原告らの本件損害額の算定に当たつても斟酌するのが相当である。

(三)  本件鑑定結果によれば、亡七生の本件死亡に対する同人の右高血圧症の存在の寄与率は六五パーセントと認められるところ、同認定と前記認定の本件全事実関係、特に関係車両の破損状況から推認される本件衝突の程度を総合すると、本件において、亡七生の右既往症が同人の本件死亡に寄与した割合は、これを六〇パーセントと認めるのが相当である。

(四)  そこで、原告らの前記認定にかかる本件損害額を、右説示割合で減額すると、その後に同人らが被告に請求し得る同損害額は、次のとおりとなる(円未満四捨五入。)。

(1) 原告朗分 金五六七万三二五九円

(2) 原告祥子・同純子分 各金二七八万〇〇三二円

(3) 原告しげの分 金五二万円

五  弁護士費用

原告朗分 金六〇万円

同祥子・同純子分 各金三〇万円

同しげの分 金五万円

弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告が本件損害の賠償を任意に履行しないため弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任し、その際、相当額の弁護士費用の支払を約したと認められるところ、本件事案の性質、審理の経過、前記認容額に鑑みると、本件損害としての弁護士費用は、原告朗分六〇万円、原告祥子、同純子分各金三〇万円、同しげの分金五万円と認めるのが相当である。

六  結論

以上の次第で、原告らは、被告に対し、原告朗につき本件損害合計(以下同じ。)金六二七万三二五九円、原告祥子、同純子につき各金三〇八万〇〇三二円、同しげのにつき金五七万円及び同各金員に対する本件事故日であることが当事者間に争いのない平成元年九月七日からいずれも支払ずみまで民法所定年五分の割合による各遅延損害金の支払を求める各権利を有するというべきである。

よつて、原告らの本訴各請求は、いずれも右認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれらを認容し、その余はいずれも理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

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